時間や労力の掛け方って心の有り様を示してるよね。対象を手に入れるための対価というか。例えば自己犠牲の精神って、「それのためなら自分の何かを犠牲にしても良い!」というよりは「自分の何かを犠牲にしてもそれを手に入れたい!」という欲望なのかもしれない。
“手に入れる”というとちょっと用途(?)が狭まるけれども。